きのこ文学、胞子文学について:子実体・天体・料理

きのこ文学ワンダーランド

きのこ文学ワンダーランド

関連企画で新宿紀伊国屋に行ってきました。

書籍の紹介であればBook Newsのほうに書くのですが、今回は書籍の紹介というよりは単なる雑感を書こうと思ったのでこちらに。

そもそも雑感を書こうと思ったのは、音楽誌「アルテス」の電子版の批評家・片山杜秀氏の大学院生時代の日記の採録を読んだからでもある。片山氏に並ぼうと思うならこの人の圧倒的な密度の日々を追うだけでも難しいのを知るべきだろうなあ。毎日、映画ヲ観て音楽を聞き、本を読み、人に会い、もちろん大学の講義にも出て、シャープな雑感を書き付けている。

多くを経験すればいいということではないし、雑感をどこかに書くだけならばTwitterという便利ツールが現代にはあるけれど、なんだろう、密度が違う気がする。もっとも、片山氏に並ぶつもりのない、僕のような人間にとっては「すごい人がいたものだ…」と感心しながら楽しめる良いコンテンツだと思う。

いきなり脱線してしまった。さて、きのこ文学について。飯沢耕太郎氏の考えていることをまとめるのは今回の目的ではなく、「きのこ」というモチーフについて僕がどう考えているのかをちょっとまとめておこうという程度のアレです。

飯沢氏の書いてきたことや、おそらく氏が思索の源泉にしたものについては、それこそ整理されていないまま僕も参考にしてきているので、僕がこれから書くことが飯沢氏の主張と重複する可能性は十分にある。というか、けっこう被るんじゃないかと思うのですが、それはまあ、今回は曖昧なままにさせてください。

さて、きのこ。きのこは人々の身近にあり、かつ相対的にはいわゆる「都市生活者」の身の周りからは消えつつあるものでもあります。光の当たらない陰影のある場所、近代的な管理の届かないところに、いつのまにか侵入して存在し始めるもの。

空気中に含まれている、何処か別の場所から放出された目に見えない胞子が着地して、草木のように、あるいは何かの建築物のように、あるいは何かの都市のように、繁殖していく。

一般に「きのこ」と言われているのは、胞子を形成するために菌糸で作り上げる子実体という構造物のこと。植物が種子を作るために根を張り茎を伸ばし花を咲かせ果実を実らせるように、動物が発情して交尾して子供を作るように、人間が家族や氏族や集落や都市や国家を作るように、きのこは胞子のために子実体を作る…というとかなり乱暴なんだけど、そういう感じ。

でも、人間が愛や種の存続のためとか言って子作りをしたり社会を再生産するのに対して、きのこが子実体を作るのは、どちらかというと鉱物が結晶を作るようなものなのかも知れません。きのこ自身は特に何も考えないのだから。動物にあると言われている本能も、きのこにはないわけで。

だから、きのこを、人間と鉱物の中間にあるものとして見ると楽しいと思う。鉱物あるいは天体というか。人間のような社会的なものと、鉱物や天体のような物理法則の産物との中間物というか。

さらに言えば、そしてこれが非常に重要なのだけれど、きのこは食べものにもなる。人は石を食べることはできないのですが、きのこを食べることはできます。そしてきのこは美味しい。こう言い換えてもいいかもしれません。つまり、きのことは美味しい鉱物なのです(鉱物じゃないけど)。

もちろん、たとえば塩などは、特に岩塩などは、それこそ美味しい鉱物ですが、きのこは、それ自体は鉱物そのものではないにしても、ここまで書いてきた考え方に沿って見れば、ある種の鉱物的なものとして賞味することができるものなのだと言えるでしょう。

さて、鉱物について触れましたが、もうひとつ天体についても少し触れておきたいと思います。かつてゲーテは文豪として知られているだけではなく、植物に強い関心を抱いて「形態学」というのを提唱していました。この「形態学」においてゲーテは、天体の運行に関連付けて植物の形態の秘密に迫ろうとしたのです。

ゲーテの形態学は、のちの神秘思想家で農業改革に積極的だったシュタイナーに強い影響を与えたのですが、さて「きのこ」はどうだったのでしょうか。天体の運行と、陽のあたらない場所に生えるきのこと、どのような関係があったのか、文献を漁ればなにかわかるのかも知れませんが、今回はそこはわからないままにしておきます。

もうひとつ、きのこと天体、そして神秘主義について言えば、なんといってもジョン・ケージのことも忘れるわけにはいきません。つまり音楽であり、Musicのあとに訪れるとケージが嘯いたマッシュルームの問題です。

あるいは、ピタゴラスケプラーにとっても重要なモチーフだった「天体の音楽」というものについても考えてみたい…とか思いながら、きのこ料理を食べたら美味しかろうなと…そういう話です。

なお、巷では評判が良いようですが個人的にはあまり好きではない造本の『胞子文学名作選』に収録されている小川洋子さんの『原稿零枚日記』は、きのこではなくて苔が重要なモチーフになっています。きのこも面白いですが、苔もいいですよね。苔盆とか。

胞子文学名作選

胞子文学名作選

この『原稿零枚日記』は、苔料理のフルコースが出てくるのですがこれがまたおいしそ王なんですよね…

さて、今回は雑感を垂れ流す感じで書いてみました。今後も余裕があればこっちをまた更新したいと思います。