ゼロアカ動画について

最近ゼロアカが気になっている。id:naoya_fujita氏がニコニコ動画にアップしているらしい動画の音声を音声キャプチャ*1してiPodで聴いているからだ。知人から「あの動画は面白い。色々と問題もあるし個人的に言いたいことはあるがまずは観てみろ」と言われ動画を見たことはあったのだけれど、最初はあまり興味が湧かなかった。しかしiPodで音声だけ聴くようになって俄然この藤田氏に関心が出てきたのである。
本人はあまり喜ばないかも知れないけれども、藤田氏の書くもの、および現在もっぱら考察されていることの方向性はさして評価する気は起きない*2。私が関心を持ったのは、ザクティ*3を使った藤田氏のレポートの仕方。藤田氏と動画によるレポートについての考察に関しては、もしかしたら既にどこかで展開されていてもう「終わっている」議論なのかも知れないけれども、とりあえずは私が直観的に思ったことをメモていどにここに書き留めておきたいと思う。
オフィシャルには、東氏の「仕事」ではなく、藤田氏による(酔っぱらった状態の)インタビューが勝手に公開されているだけであり、基本的に酒の席での放言に過ぎないために真に受ける必要はないと東氏は言っている*4。だが「真に受ける」べきテクストが既に大量に出版市場に出回っている東氏の、酔っぱらっている時の声、しかも本人による検閲が現在のところ最も弱い状況で、より無意識に近いところで*5、そして本人の検閲が「十分に」なされているという了承のもと公開されるオフィシャルなテクストよりも何週間・何か月も速く、この動画でその思考の片鱗が我々に届いてくるのだ。
もちろん、これはアンオフィシャルであることが前提とされているため、メジャーなオーディエンスには届けられないだろうし、そういった回路に組み込まれることもないから、大きな資本がすぐに動くということもない。またゼロアカというイベントが完遂されると同時に藤田氏によるレポートが終わってしまう可能性もあるだろう*6
だがしかし正直なところ、藤田氏がニコ動に挙げている東氏にまつわる動画は、東浩紀自身および各種編集部の検閲を経て流通しているオフィシャルな「仕事」に匹敵する面白さを持っている。図書館に行って図書館で座って読むか、書店で雑誌を買って読む以外には読めないような「面白さ」が、移動中にiPodで聞けてしまうということの衝撃を、知らない人は経験してみたほうがいい。これはポッドキャスティングの安全な魅力とは全然違う。東氏を囲む飲み会に仮に参加したとしても、この魅力はまったく理解できないだろう。
ゼロアカ道場というイベント自体は、講談社という日本の保守的な出版業界の大手が行っているものであり*7、基本的には紙メディアを使って職業的な「批評家」を作り出すことが目的とされる。東氏がどう考えているにせよ*8、職業として成功した「批評家」が紙メディアで行うことだけが「批評」なのではないことは誰の目にも明確だろう。素人による、すぐに風化してしまうメディアにおける行為が、局所的に批評的な機能を持つこともあり得る。それは個々指摘するならばとるに足らない「価値」しか持たないかも知れない*9。しかし、だ。
むしろ例えばゼロアカで藤田氏が一万部出版するかもしれない。それは東氏が批評空間からデビューしたことの縮小再生産になる可能性が強い*10。あるいは藤田氏がゼロアカで落第するかもしれない。だが世の中には東氏を知らない人、ゼロアカを知らない人が無数に存在しているわけで、その規模で考えた場合、いくら講談社が一万部でデビューさせると言ったところで大したインパクトはない。所詮出版社の「お仕事」だ。藤田氏がよく頑張るなり才能を発揮するなりして10年後残る仕事ができたとしても、そのレベルの話は「なるようにしかならない」ということに過ぎない。
だが、東氏に対する非公式のインタビューがニコ動*11で配信され続けていたという事実の持つ強度はそのような「蓋然性」の次元の問題ではない。このことは、東浩紀の「実力」をマッチョなやり方で証明してみせる「早稲田文学10時間シンポ」の成功という事実よりも、有料メールマガジン波状言論」が発刊されていたという事実よりも、2ch斉藤環らしき人物「蝉寝る」が降臨して展開した啓蒙活動よりも、当然ながら昨今の同人誌の見直しよりも、事実としてインパクトがある*12
『テレビのエコーグラフィー』において驚くほどナイーブに「リアルタイム」性について逡巡してみせたデリダ*13のことも思い出される。もっとも、素人が撮影し数時間を置いて会員制の動画サイトにアップしている「飲み会の席でのインタビュー」は、プロが準備した「生放送のインタビュー」(おそらくそこには原稿がある)とはまったく違うだろう・・・
・・・いけない、こんなに書くつもりではなかった。こんなに書いてしまうと、問題が関わるレイヤーが多くなりすぎる。簡単に言うなら、語り手としても優秀な思想家の、素人向けの最新の演説がタダで見られる・聞けるということの凄さ*14、ということだ。音声だけにすれば聞き流すこともできる。聞き流せるし、言っているほうも聞き流されるだろうと思っている。それでも面白いんだ。ネタはネタでも思想のネタとして。大盤振る舞いなんだ。講義録も面白いけど、ザクティ藤田の動画はもっと面白い。聞き流せるし、酔っぱらっている東氏の話が聞けるのはニコ動だけ!(実際は違うけども)いつ消されるかわからないから、速めにローカルに取り込むことをオススメする。
ちなみに動画を見るともれなく速水氏のファンにもなると思います。
なお、ゼロアカ道場について、よく「人生が左右される」という表現を目にすることが多いのですが、ゼロアカを経て職業的な批評家に「なる」のだとしたらそれはそれで大きなイベントかもしれませんが、ゼロアカに落第した場合の選択肢はゼロアカの関係者以外と変わらないと思います。その意味では、同人誌という紙メディア、あるいは論文という文字メディアで受けた(しかもイベント的な)「評価」などよりも、ずっと藤田氏による動画アップのほうが重大な意義があると思う。東氏はゼロアカ講談社BOXをハックしていると思うけど、藤田氏のほうがより巧くハックしていると言えるでしょう*15。あと付け加えるならば、動画のなかの藤田氏の発言および行為そのものについても私は両義的な感覚を持っています。これについても詳説は避けたいですが。

*1:私はここを参考にした。http://ipod.from.tv/?p=172

*2:SFと労働問題を結び付けているところ、および真面目な論文体の硬度には好感を持っていますが、肝心なところで勘違いや焼き直しに終始しているような気がしています。

*3:おおかたのかたはご存知かと思うのですが、ザクティは商品のコンセプトのレベルから、ウェブ上に動画をアップすることを前提に作られている。また携帯性を重視するあまりラディカルな形態をしていることも注目に値する。なお、ゼロアカ道場破り組の塚田氏は「ザクティは終わった」という発言をして藤田氏を論破したという噂を聞いたのだけれど、その議論は是非拝見したい。どこかで見られるのだろうか。ザクティというか藤田氏の(意図せぬ?)戦略にはまだ可能性があり、仮にザクティが「終わった」あとのレベルを塚田氏が提示しうるとしても、その議論はザクティの可能性がじゅうぶん発現していない現状においては勇み足なのではないだろうか。速ければいいというものでもないでしょう。

*4:このあたりの真面目・不真面目に関しては、デリダを絡めて書くこともできる問題系でもあるかも

*5:←これはなかば冗談ですが

*6:それよりもっと早く辞めさせられる場合もあるだろう

*7:それを「講談社BOX」がやっていると言い換えたところで、その体質や方向性について私が言いたいことは大枠では変わらない。もちろん、規模が違うことによる意味の変動はそれなりに大きいのかも知れないが、それでもゼロアカの主要な需要層にその本当の意味の違いがどれくらい理解されるのかはあまり期待できないのではないだろうか。

*8:私なりに個人的にいろいろと想像しているのだが、最終的にはおそらくそれなりに深淵で説得的なことを考えていそうだとは思う。10時間シンポでの東氏の立ち位置の不確定さは重視したい。実は10時間シンポも私はiPodで聞いた。ニコ動経由だ。10時間シンポのすべてに同席する必要はなかったという判断は間違っていなかったと思う。

*9:簡単に言えば「批評家」と「批評的機能」とのあいだのズレについての話。でもそれについての議論も今回は関係ないから割愛。

*10:そうなるかどうかはどうでもいい。そうならなければそれはそれで喜ばしいことではある。

*11:ちなみにここで「ニコ動」であることの重要性はあまり明白ではない。でもyoutubeしかなかったなら、こういう状況にはならなかったのではないかとも思われるのも事実。ここについての考察も今回は割愛する。

*12:ここに挙げた事象は、それぞれ論考に値する重要事件であることはまったく否定しないが。

*13:その逡巡は、むろんのこと正当な理論的な支えを持っているので、本当は驚く読者のほうがナイーブであり、その驚きを呼び起こすためにもデリダは敢えて逡巡してみせていたのだろうけれども。

*14:日本を代表するインテリによる虚空に向けた真夜中のラブレターが大量に貯まっているという感じ、と言うべきか。そんなものは気持ち悪くて読みたくないという人も多いだろうけれども。気持ち悪いものから距離をとろうというようなオトナなユーザーには今回はとりあえず用はないとしようか。「日本を代表するインテリ」とかいう頭の悪そうな響きに刺激されてしまう幼稚なユーザー向けに今回は書いていると思ってもらいたい。

*15:職業的な発想をカッコに入れたうえでの評価ですが。