荻上チキ氏の仕事を最近追い始めているのか私は。
ともあれ。
黒瀬陽平氏へのインタビュー(http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20080717/p1)を読んだ。これはいい仕事ですね!お疲れ様でした。楽しく拝読しました。しかし、いくつかアレ?と思った箇所があったのでメモ。たとえば

村上隆は昔、日本人である自分がアーティストとしてアメリカに乗り込んで勝つためには、日本美術のレギュレーションをアメリカに受け入れさせなければダメだ、と言っていました。つまり相手のルールで勝負していては絶対に勝てないということですね。これは圧倒的に正しい。この村上の発言は、マーケティングをベースにした彼の世界戦略として理解されていますが、ぼくはこの発想こそ表現論的に解釈すべきだと思う。

のところ。
『芸術起業論』では村上はむしろ逆に、「国際的なマーケットで日本の作品を流通させなければダメだ」と言っていたのではなかったか*1。もちろん国際的なマーケットで高額取引をされるためには、作品に独自性がなければならず、その「独自性」をわかりやすくインパクトのあるものにするために現代版のジャポニスムを機能させているという点では、「日本美術のレギュレーションをアメリカに受け入れさせ」たと言えなくはないのかも知れないけれども。
RHではそのうち村上隆にもインタビューをしてほしいと思う。

それでは、美術はいま、何によってハッキングされているのか?いや、実作者として考えるならば、なにを作れば従来の美術をハッキングし、書き換えることができるだろうか?ということが問題になるはずです。ぼくは絵を描いているし、いちおう絵画論が得意なので、絵画について考えてみると、絵画史において「タブロー」という発明は、いまでも大きなアーキテクチャとして、レギュレーションの枠組みとして機能し続けているわけです。たとえば、日本でもっとも絵画についてわかっている岡崎乾二郎さんは昔、よくヴェネツィア派の絵画の分析をしていました。彼が言うには、そのころの絵画は一枚のタブローの中に複数の言語ゲームが描き込まれていて、謎がたくさんあっておもしろいと。それに比べて現代美術の絵画はロジックが単純で、すぐにわかってしまうからおもしろくない、という。それはまったくその通りだと思いますが、だとすれば、絵画においてタブローを書き換える、あるいはそれに変わるものを発明しなければいけないと思うんです。

ここで誤解してもらいたくないのは、ぼくはなにもジャンルとしての絵画が死んだとか、これからは新しいメディアの時代だとか、そういういかにも言い古されたことを言っているのではないということです。タブローを破棄したとしても、タブローが生み出した問題群を無自覚に、同じやり方で反復しているかぎり同じことです。たとえば「空間」や「平面性」、「筆触」、「構成」といった問題です。思想地図論文では、「遠近法的空間」と「データベース空間」の違いについて書きましたが、これも空間の問題ですね。要は「キャラクター」と「データベース」によって支えられた「データベース空間」を、ラディカルに描こうとしている一部の萌えアニメが、これまでのアニメの空間表現を大きく書き換えていると思ったから分析してみたんです。この分析は、これまであまりにも「キャラクター」や「データベース」といった問題を直視してこなかった絵画の議論にこそ取り入れられるべきだと確信してるんですが…。

と言ってるけど、現代的なものを用いて美術をハッキングしている作家としては村上隆はそうとうデカいんじゃないのかと私は思います。彼が目指しているところや、醸し出そうとしている世界観は(対象年齢を広く取っているせいかもしれないが)私にはちょうど恥ずかしい感じのするダサさ具合に思われはするのだけれど、それでもなお、作品の強度(一枚のタブローに複数の言語ゲームが描きこまれている的な)があって侮れないと思っているので。
そこで黒瀬さんの批評家としての力量というか相性が村上隆と合わなさそうに思われるのは、黒瀬さんがジャンクなものに対する感性が弱いと思っていらっしゃるところでしょうか。黒瀬さんは『らき☆すた』に拒否感を覚え、マクドナルドはタナトスが働いてしまうから避けてしまう*2、そして『ニコ動』を論じながら『YouTube』の「You」と「Tube」のあいだに半角スペースを入れてしまう。結局、左翼的なものを「恥ずかしい」としてしまうオトナな感性ってこんなものなのかな、私はどうせバカで下劣ですよ、、、と意味もなく自己否定回路が発動しそうになったものでした。挫折しそうだけど頑張って自前で村上隆論を書いてみようかしらとか思ったりした。
それにしても「思想地図」*3増田聡論文だけ読んでどこかにやってしまった模様。悲しい。ほかにも読みたい文章がたくさん載っていたのに。頑張って探そう。

*1:もちろん、あちこちで矛盾したことを言っている可能性もあるけれど。しかしほかの「美術家」ならいざ知らず、それも村上隆に限っては想像しにくい気もするが。私も村上隆の発言をそんなに追っているわけではないのでよくわからないけど、出典は気になるところ。

*2:私などは、マクドナルドに通いつめてタナトスに淫する自分をむしろ諫めなくてはならないくらい品性下劣なのですが

*3:いま思ったんだけど、この誌名、いっけんすると「思想日本地図」に見える。なんでだろう。